1917年に成立したボルシェヴィキ政府は、革命派の赤軍を率いて、主に白軍(君主主義者、保守派、自由主義者)との間の内戦(1917年?1922年)を戦った。 ボルシェビキ政府は、内戦の過程で、白軍を完全に撃滅して、白軍関係者やその支持者を処刑すると共に、レーニン直属の秘密警察チェーカーを駆使して赤色テロを行い、都市部や地方で反体制とみなした住民を裁判なしで即座に大量に殺害した。退位後、監禁されていたニコライ2世とその家族も、1918年7月17日に、レーニンの命令を受けたチェーカーの処刑隊により、裁判なしに全員銃殺された。 また、革命派の中のメンシェヴィキや社会革命党などの他派をソヴィエトから完全に追放・逮捕し、裁判なしに殺害するとともに、反対するペトログラードの労働者や、自由選挙の保障、言論・出版の自由、政治犯の釈放、個人財産の所有権などを要求したクロンシュタットの水兵も容赦なく武力鎮圧して大量に銃殺した。 また、ボルシェヴィキ政府は内戦時に、全ての企業の国有化を行い、企業家や地主の大部分を殺害・追放した。農民も余剰をすべて徴発されたため、食糧を隠したり蜂起したりして抵抗したが、政府は彼らを「暴徒」とみなして弾圧し、女子供、老人をふくむ村民全員を銃殺することもあった。 これらの弾圧により、「労働者、兵士、農民の政府」が、帝政以上に暴力的に労働者や農民を抑圧する体制であることが明らかとなった。さらに、ロシア正教に対しても弾圧を行い、教会破壊・教会財産没収だけでなく、ロシア正教聖職者数万人を殺害した。
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この内戦に勝利することより、ボルシェヴィキ政府は他派の存在を許さぬ、一党独裁体制を確立した。内戦により残されたのは荒廃した国土と破綻した経済であった。工業生産は大戦前の7分の1、穀物生産は5分の1へと激減した。